2004-11-08 [長年日記]

心に残る言葉があるのと同様に、いつまでも心に残る沈黙というものもある。いや、残ってしまうというのが正しいのかもしれない。きみがあの時何を言いかけたのか、僕は未だにわからないでいる。

そもそもそんなに近しい間柄ではなくて、僕が帰ってきたときに、みかけたらちょっと立ち話をする程度で、それでも仕事の用事でほんのたまに来るメールは、同い年のよしみもあったのだろう、すごくくだけた感じで、僕はそれが好きだった。

その時も、僕はたまたま帰ってきていて、たまたまきみをみかけて、玄関まで歩いていくついでに世間話をして、めずらしく僕が話を振ったりして、その後ふと訪れた沈黙のあとにきみは何かを言いかけて、やめた。僕は一応問い返してみたのだけれど、きみは「んーん、何でもない」と言ったっきり黙ってしまい、僕は沈黙に耐えかねてほかの話題を振ったりしたのだけど、そのうちに道のりは尽き、きみは「じゃあねー」と軽やかな一言を残して引き返していった。

きみが会社を辞めることを知ったのはそのすぐ後のことだったと思う。僕はそれを同期宛のメーリングリストにきた、いつもどおりのかるい文面のメールで知った。

送別会という名で久々に開かれた同期会で、僕はこの前言いかけたのはこのことだったのかと聞いてみた。するときみは、「うん、この前はなんだか言いそびれた」といかにも歯切れ悪そうに言った。このとき僕は、飲み込まれた言葉は二度と口にされることはないのだろう、とそう思ってしまった。

多分それは僕の勘違いなのだろう。そして、きみが話した事がすべてなのだろうとも思う。だけど、そのときありもしないものの存在を信じてしまった僕は、それが何なのか今でもたまに気になって、そしてきみの事を思い出してしまう。しかし、残念ながら、或いは幸いなことに、それを確かめるすべはもうない。